☆エロ屋さんの戯言☆

長年エロ屋に関わっている自分の日常のあれこれや戯言を綴っています☆

男性が奢るとか奢らないとかについて書いたよ


男性が奢るのが当然だとか違うとか、女性は奢られるものだとか払うものだとか、そんな論争を聞く事がある。「どう思う?」なんて聞かれる事もあるので、この度は私も意見を綴りたい。

*結局のところこれ、エロ屋のプロモーションを含みます。


私のヌンチャクは本格仕様です。鎖がカチャカチャいう音が好き。




お支払い問題。
まず大前提として、私は男女で二極化している事に疑問を持っている。
このお題は性別ではなくもっと細分化して考えるものだと思っている。
なので、私がここに書く事は「男性だから」「女性だから」と主張するつもりは毛頭ない。
ただどうしても男性に該当するものが経験上多かった為「男性が支払うべき」という印象を受けてしまうかもしれない。
そんな時はどうかこの細分化という部分を踏まえて受け止って貰えたら幸いである。 
ん〜この支払いとは主に食事代なのかな?
とかデートに掛かる費用ということかね?
とりあえずそういう事にします。


本来「支払い」とは商品やサービスの対価としてお金やそれに相当する価値を渡す事を意味する。
男女の場合の支払いとなれば複雑で、その関係において様々な意味や役割を果たす。
それは慰謝や感謝、時には射止めるツールでありリスク回避や駆け引きであり、暗黙の了解の解決法でもある。男女のお支払いとは汎用性高し。
ならば男女の席の場ではそれらを抱えている方や解決したい方が支払うのが無難であろう、というのがざっくりとした私の考えである。

そうでなくてもどちらの都合に合わせたのか、逢瀬の場所から移動距離が長い方に対してなどなど、何らかの手間に対しての気持ちだとかそんな細かいニュアンスも込めて「お気遣い」するのが良かろうもんではないかと考えている。
もしそのような場合に全く持って該当しない関係なら、そりゃ割り勘が良いと思っている。 
割り勘の方が健やかでいられる関係もある。
別に男性に支払う義務はないと思っているが、私が女性であるが故に上記のような例が多かった為、私はお支払い頂ける機会に恵まれていた方だと思う。

気付いた。
おそらくこのお題を私が書くと問題がありそう。
エロだとか愛人だとか、なんかそんな事情が絡んでお支払い頂いた事が多いという事は、一般的ではないご意見になりそう。
もう知らない。続きを書こう。

 



とりあえず色恋に絞って綴るなら、何やらの目的がある方が支払う方が良いに違いない。
逆にそのような関係やそれなりの目的があるのなら、なぜ支払わないのか疑問である。
例え叶わなくても玉砕しても、望みを口に出した時点でお支払いは確定した方が後々安全だ。
支払った所で目的を達成できるかは分からないが、支払わないよりは確率は上がるし、その他ライバルがいるとしたら勝率は上がる。つい1対1の世界観で考えてしまうが、そうとも限らないのである。
いつの間にか他の誰かと同じ土俵に上がらされているかもしれない、ドスコイ。
ならば先にライバルに張り手を一発喰らわしてやろう。

遊び相手に支払うのは「本命でもないのに」と惜しむ気持ちもあるのかもしれない。
でもその対価は自分への保身とリスク回避だと思えば、微々たるものだ。
もう一度主張したいのだが、これは男性に対して言っているのではなく、女性にだって該当する。
もし私がその立場ならお相手が気持ち良く納得できるように、社会的立場を守る為にその手間は惜しまない。支払うに決まっている。「端数だけお願いするね」なんてヤボな事も言わない。実際に男性に全額支払った経験もある。


だってさ、昨今何で根こそぎ奪われるか分からないよ。そこはケチったら怖いと思うの。
例え支払いをしたとしても、アフターケアを怠ると全てを失う可能性はある。いや、完璧に接したところで保証はない。何でどうなるか分からない。
だから、そもそもお相手を間違えてはいけないのだ。そこは非常に重要である。
どんなに苦労して良い飲食店を予約しようがごちそうしようが、更には交通費まで渡そうがトラブルになる時はトラブルになるのだ。
支払いとは、その可能性を少しでも下げれる程度と捉えていた方が良いのかもしれない。

性欲が伴うとIQはチンパンジーと同じ数値になると医学的に判明している(もちろん子孫繁栄させるには必要な機能です)
すなわち性的な人選びの際にはだいぶ判断能力が鈍る上に、人間界のお作法すら忘れてしまう可能性がある。
その世界の感覚には通貨が存在しなくなる。
おい、チンパ!!その紙やアルミやニッケル、亜鉛は人間界では汎用性のある大切な意味を成すのです!
出して!出しなさい!!この後人間に戻るなら出しておきなさい!!
彼女(彼氏)や妻(夫)もいるけど、エロい事したい、でも内緒にして欲しい、でもお金払わないけどいいでしょういいでしょう!?ウキャウキャキヒヒヒヒ!!
いやいや、やめておきなさいって!!
そこはちゃんとやっておいた方が絶対に良いから!!


いつも思うのですが、逆さにしたらキャン玉縛られているように見える。





そして支払って貰う方は、必ずお礼を言うのは当たり前の常識である。お高くとまっている場合ではないのだ。その為に、たくさんの手間暇を掛けてもらったのだから、その気持ちに対して感謝をするのは常識である。
お相手が選んでくれたお店や使ってくれた時間、全てにひとつひとつ手間の想像と感謝の気持ちを忘れてはならない。
そして支払って貰ったからには、お相手の大切なものや守りたいものを絶対に壊してはいけない。
もし納得がいかないのならしっかりと本音を伝えるか、はっきりとお断りをするべきだ。年齢や容姿で自分を卑下する事はないし、権力に負けるのも頼るのも良くない。後にトラブルの元になってしまう。


ここまで考えるとそこまでして異性に支払う必要があるのか?と冷静になる人が大半かもしれない。でも中には気を使うのは面倒だけど、でも会話も合わせて欲しいしエッチな事もしたいんだよな〜と思う人もいるかもしれない。
そんな時はエロ屋さんに行きましょう。
エロ屋さんはそんな人の為にも存在しています。
エロ屋さんが良いです。
エロ屋代にはその全ての手間代も含まれています。
エロ屋さんで買っているのは、単に性だけではないのである。



昔のフォークシンガーみたいな髪型になりました。ハロウィンスタンプ、子供のシール貼りみたいになってもた。








さて、必ずや書きたかった事がある。
全てに該当しないのにも関わらず、世の中には支払いを負担してくれる人がいる。
そこに下心や色恋も関係なく、ただお相手に対して親切な心で支払ってくれる人も存在している事を忘れてはいけない。
人間性とはお金で判断できるものではないが、そんな人達の温かい心遣いを肝に銘じなければならない。
私も有難い事に、そんな人達と時間をご一緒させて貰った事が多々ある。私からお誘いしたのにも関わらずお支払い下さった王子までいた。
私は職業柄、どうしても対価を頂く事を身構えて捉えていた面があった。
年齢的にも申し訳ないなと思う事もあるし、どうお応えするのが正解も分からない時もあるが、ただただありがとうと有り難く受け止めるようにしている。
世の中にはそんな駆け引きではなく、親切心で支払いをしてくれる人がいるのだと、自分を恥じた。勉強させて貰った。


状況や理由は何にせよ、お支払いをして貰った者にはやるべき事がある、と個人的に思っている。
私はお支払いをして貰ったら、自分も誰かに支払うという事を忘れないようにしている。
年下の知り合いや、年齢関係なくいつもお世話になっている方々や家族との食事の場などでは、自分が支払うようにしている。
そうする事で、人様から頂いた温かい輪廻のようなものがお金を通して廻り廻る気がするのだ。
(お返しを御本人にできるのがいちばん良いのだけど、そういう方って受け取らない主義の人が多くて頭が下がります)



最後に。
私に「女性」としての期待をして支払いを気遣ってくれた人は、受け取ったからには貴方の大切なものを私は守ります。立派な愛人、浮気相手でいます。性のパートナーはこのブログの存在は知らないので独り言宣言です。
あわよくば的に無償で期待をする人は、そうでない人に申し訳ないのでお断りする事を大切にします。
そしてそんなものは一切関係なく、私にお支払いをしてくれた人。
貴方の大切な時間やお気持ちをありがとう。
そしてごちそうさまでした。
貴方が私と過ごす時間を考えて掛けてくれた時間とお気持ちがとても有難いです。
私も誰かに貴方から頂いた気持ちが派生するように、お支払いいたします。




そもそものクズな突っ込みどころは、所詮はエロ屋さんの戯言なのです。
ということで…性のパートナーからギフト券が届いたので、私は今月SEXしてきます。




まきまい



次回は生SEXへ向けての心得と知識を身に付けておこう!です。ちなみにする予定はまだないです。

同室になった患者さん

前回の続きです。
このお話は数年前の出来事です。


入院中の同室者との関係…というよりは捉え方は重要だ。仲良くなる必要はないがお互いを配慮し合う事はとても大切である。皆体調が良くない者同士なのだ。

病院は常に満床で昔より短い期間で患者が入れ替わる。私が入院している期間中も私と向かい側の患者以外、何度か入れ替わっている様子だった。
自分なりに配慮を心掛けるほど同室の患者の無配慮に敏感になるのは、入院中の厄介事のひとつである。
もちろん指摘したりはしないし表には絶対に出さない。同室の患者に対してではなく、自分が厄介で仕方ない。何かしらにつき神経が過敏に反応する自分には本当に手間が掛かる。別にイライラしているわけではない。それとは違う。

以前このブログに書いたが(精神科の話とは別件)私には生まれつき一般的ではない気質があり、その昔カウンセリングを受けたり薬物治療を受けたが全く持って改善されず、そもそもそれは治るものでもないと理解できるまでには年月が掛かった。
昨今簡単に自らをこういった類にカテゴライズして世間に理解を求める人が増えている風潮には、本当に当事者やってみたら簡単にはアピールできないぞと怒りすら覚えている。もちろんそうでない人もいるのは理解しているが。
当事者達は多数派に理解を求めるのは無駄である事を知っている。響いているのはファッション化したい層のパーソナル泥棒にだけとすら思っている。


つい話が大きくなってしまった(ちなみに私はいわゆるADHDやASDと思われるフシがありますが、それは認定されていません。別のやつです)
もちろんこのブログ以外では全て黙っている。
いちいちこんな事は人様に言う事でもなければ、そもそも世間が少数派の私に合わせる事でもないし、理解をして貰うものでもない。
こんな人もいるんだと思って貰う以上に何を望むのか。
今では擬態技術も大したものだから、そうして東アジアの片隅で静かに暮らしておこうと自分に言い聞かせている。


しかし毎回入院中は回避能力を使う事もできない為、心身の状態と相まって強く出てしまうので困り果てる。
色彩に目が回り光に神経が疲労する、かといって自然光を浴びなければ世界観を感じられなくなる。聴覚が過敏になり他人の感情にいちいち神経が一喜一憂する。体内では様々な症状に変わり大層物騒な事になるのである。
聞いた音と言葉が一日中脳内再生をする。
五感と六感に入る情報を元に何十年も前に関連するものを勝手に引っ張り出されては、脳内でザワザワとうるさいのだ。
こうなってしまうともはや、字の読み書きすらできなくなる。


そんな中、向かい側の女性は私の中で有り難い意味で印象深く残った。
彼女の心情を考えていない瞬間が何度もあった故に勝手に羨ましくも思い、ちょっとした憧れ、少し仲良くなりたかった気持ちと、でもこの距離感があったから何かしらが保てたのかもしれないという不思議な感情だった。
ちょっとした移動中にすれ違うだけで、もちろんあ互いまじまじと姿を伺う事はなかった。
自然と視界に入る彼女の姿は小柄で褐色の肌をしていて、年齢不詳、国籍不詳であった。推定30代〜50代と幅広しである。




毎日おはスタを観るのが日課だった。今回もやっちまった、コードが少し短いのが難。かと言ってテレビ台を動かすの非力。ワイヤレスかコードが長いものがお勧めです。木村昴さんは早朝と思えぬテンションで凄い。毎朝ありがとう。






彼女と私は手術日が同じで、彼女が終わり次第私が移動するという事になっていた。
病室でのお見舞いは禁止であったが、術前日と術後に親族のみ数分間だけ許可されていた。
手術前、彼女の母親らしき人が会いに来ている様子であった。
心配している母親に「なんで〜?あははは!大丈夫だよ〜」と無邪気に明るく返す彼女に、私が今人前に出るならこうでありたいと思わせられた。
とても自然で無理のない、きっと普段の自然な彼女の人格。なんだかそんな気がする。
天井をぼんやり見つめながら、私もなんとかなると安心感を覚えた。
作為のない人、勝手にそう解釈しては心地良くなっていた。アイドルが偶像って意味なの分かる気がするわ。と思ったり今思うとワイは気持ち悪い奴であった。

でも本当に彼女の明朗ぶりったら実に自然体であった。
彼女の手術は難航したらしく予定時間を大幅に過ぎていて、順番を待っている私は何かが起きてしまったのかと勝手にハラハラしていた。
予定時間を大幅に過ぎた頃、ガラガラと音を立てながらストレッチャーに乗った彼女が看護師と母親と病室に戻ってきた。
麻酔から覚めきっていないはずの彼女だが「私なんとかなってるね!良かったよ!」と笑っていた。
わずか数十秒しか面会ができない母親にも「また会おうね、じゃあね〜♪」と声を掛ける。
え!なんだなんだ!?凄くないか!?感無量だよ、貴女…すごいよ、となぜか涙ぐみながら私は手術室に向かったため「浅井さん!手術が不安?大丈夫ですよ〜」と看護師さんに心配されてしまった。
違う違う、そうじゃない。



待ち時間が長かったので、手術用の紙パンツで遊んでいたら看護師さんに見つかってしまった。パンツ被ったり泣いたり奇怪な患者だと思われていたのではないだろうか。



ちなみにこの手術用パンツは院内のコンビニで事前に買っておく。確か500円。高級使い捨てパンツ。ちなみにエロ屋だとパンツ持ち帰りの相場はだいたい1000〜2000円。





別に聞き耳を立てている訳ではない。
青いものを見て青と認識するのはだいたいは自然な事、という感覚と変わらない。ただ耳に入ってくる会話を脳がそう処理しているだけ。
聞かなくて済む選択肢があるならそうしたい。
私は普段からやむを得ず専用のイヤーマフを使っているが、逆効果になる事もあるしデメリットも多いので好きではない。
だから彼女には自然な形でとても助けられた。


夜になるといつも彼女は苦しそうだった。
窮屈な呼吸と何度も打つ寝返りの音で、その様子がひしひしと伝わってきた。何かが強く身に迫っているその様子に、不謹慎ながら同じ病を患う者として何度も勇気付けられた。私は1人ではないのだと心強かった。
ナースコールを押して「う〜ん、そうだね〜痛み止め貰いたいな」という彼女。
どんなピンチでもフランクで飾らない。
清拭をして貰う時も「私こんな動き方で合ってるの〜?」と爆笑しているのがなんだかかわいくて、なんとも和やかに気持ちにして貰った。


私は彼女と挨拶ぐらいできたら良いななんて淡い願望を抱いていた。
でも距離感はとても大切だから、この関係を崩したくはない。とかなんとかと思春期に恋に酔った人みたいに思ったりもした。
洗面台に立っている彼女の後ろを通る時、会釈ぐらいならしても良いのかと自然の領域ギリギリの所でチラ見を試みた。そんな私はめちゃくちゃ気持ち悪いおばさんであったと思う。たぶんバレていないと思いたい。



とある深夜。
彼女はいつもに増して苦しそうだった。
ナースコールを押して看護師さんが現れる。
彼女の一声目は「私…たぶん…吐いてゼェゼェうるさいし迷惑掛けてると思う」だった。

違う!違う!そうじゃない!



さっきからこれ聞いてマーチンを思い出す人は私と年齢がそう離れていないであろう。







今だぁぁぁああああああ!!!
と思ったか思っていないかは定かではないが、私は咄嗟に「そんな事ないですよ〜!気になさらずに〜こちらこそご迷惑掛けてます、あはははは」と言ってしまった。
しまった…しかし後悔はない。
おそらくこれは親切心とかではないと思う。
意図は分からないがカーテン越しに突然声だけ聞こえる謎のおばさんは結構不気味だったと思う。
看護師さんが「え?あははは」と返してきた。
いや、そこはチミが空気をなんとかしてくれよ。頼む!フォローしてくれ!!
彼女はそのまま病室を看護師と出ることになり、次の日まで帰って来なかった。
ヤバい…余計な事をしてしまった…私は気まずいままの時間を過ごした。



最近の病院はナースコールボタンが目的別になっているのね。






次の日「ねぇねぇ開けて大丈夫?」とカーテン越しに彼女の声が聞こえた。
「え?はい!大丈夫です!」
思考より先に声が出てしまい、カーテンを開けるとすぐ目の前に彼女が立っていた。
「昨日はありがとう!これあげる」
彼女は私の手に小さいお菓子をまとめた小包を渡してくれた。そしてすぐ様に向かい側のベットに戻って行った。
「あ、ありがとうございます!いただきます!おわ!嬉しい!リンツのチョコまで!」

「ふふふ〜」と言いながら彼女は別の患者さんにも手渡しし始めた。
海の者とも山の者とも分からない者達。
皆がそれを理解しながら配慮しながら、独特の空気の中で少しだけ不思議な一体感が生まれた。
何より良かったのは、それが一時であったという事。
それをきっかけに彼女との距離が縮まる事もなかったし、最後まで私は誰ともコミュニケーションを取ることはなかった。
もし誰かと仲良くなれたら、私の謎の気質に自分自身が納得できる説得力を持たせられたかもしれないし、それは分からない。
でもきっとこの距離感が結果として良かったのだと思う。
きっとそれは私だけではなく、皆が暗黙の了解として理解していたと思う。皆も私もきっとそれに助けられていた筈だ。
私達は毎朝看護師さんに体温と血圧を測って貰いそれぞれが適切な処置を受け、病室という独特の空間でその日その日を過ごしていった。


彼女から貰ったお菓子。誰かに渡そうと入院前から準備していたのかな?と思うと、かわいらしい。和やかさと優しさをありがとう。






退院の日、診察を受けに行った後荷物をまとめた。
私は少し勇気を出して部屋を出る際に「お先に失礼します。ご迷惑をお掛けしました」と声に出した。
例え迷惑とは思われていなくても、なんだかどうしても言いたかったのだ。礼儀とか何やら筋道を立てたいとかそんなのではなかった。
何か言いたかったのだと思う。つまりそれは反応が欲しかったということになるのかもしれない。
するとカーテンが開き彼女が「じゃあね!元気でね!」と声を掛けてくれた。
他の患者さんも声を掛けて手を振ってくれた。
マスク越しでも分かる笑顔に思わず泣きそうになってしまった。
声掛けちゃったら返すしかなくなっちゃうよね、良かったのかな、ごめんね。
でも素直に有り難く受け取ろう。
みんなありがとう。


私はキャリーバッグを引きずりながら出口へと向かった。ついさっきまで病室にいた人の中の1人の私、慌ただしく仕事を熟す看護師さんや業者の人、颯爽とする廊下で各々がいつもと変わらない朝だった。
そしてもちろん出口までに迷った。
だからここどこなの?私は大会議室の前を2回通った。
許可証を受付で返却して外へ出ると、別世界のように感じた。この扉一つ向こう側では、全員体調不良ってなんか凄い場所じゃない?不思議。
普通の生活の中でこんな場所があるなんて、一歩出るだけで遠い場所のように思えた。


お陰様で今はなんとか向こう側に行かないで済む生活を送っている。
あの時の彼女の体調はどうであろうか。
彼女が今頃望み通りに暮らせていると良いなと、今でもふと思う事がある。
と同時に入院中の自分の滑稽さに恥ずかしくなる。
でもとんちんかんな自分の気質もやらかした事もくだらないと笑えれば、生きてはいるんだなと有り難く思う。何はともあれ笑えればそれで良いのだ。





まきまい





次回は男性が奢る奢らない女性は奢られるとかなんとか問題をよく聞くから、この議論に私も参加してみよう♪です。

 

 

ブロガーさんへのメッセージと生への準備

 

のらりくらり下書きしています。

関わっているエロ屋さんがトラブル続きでオロオロしています。このブログの1人の読者の影響でトラブルになりました。

プンスカプンなので久しぶりに激怒プンプンを準備中です。

 

カープファンではないですが、カープガールが好きです。かわいい。坊やはよく見掛けますがガールはレアです。

 

 

読者様のブログ、拝読しています。

一部の方ではありますがメッセージを書きます。

包容力ブロガーさん、そうですよね、貴方のようにおかしいと思った事は応えを求める行動をしなければ何も変わらない。

まさに何もしなけれなば悪が勝つのは当たり前の世ですね。

年齢を重ねると変化する事がめんどくさいとか興味がなくなってしまう事も多いですが、貴方のように柔軟でエネルギッシュな大人がいてくれる事は日本の強みです。若い世代に受け渡す前に、少しでも良くしてから渡したいです。

毎度のことながら今回も広島の画像がとても素敵です。保存して来年の8月の記事に使わせて貰っても良いでしょうか?一言紹介文も添えたいと考えています。先の事になりますが差し支えなければよろしくお願いします。

コメントからお聞きした方が良いか迷ったのですが、こちらから失礼してしまいました。

 

 

 

ブロガー様。

病室での大変な状況の中での更新、有り難く拝読している1人です。

もし貴方がブログを更新する中で、ネット特有の不安や懸念があるとしたら、それを一点の曇りも与える事のない読者でいたいと思っています。

そして貴方が綴っている文章の行間にある心情を考えられる人でいたいです。

貴方にとってブログを更新する事が力になる事を微力ながら願っています。これからも応援しています。決して無理なく更新お待ちしています。

 

 

そして話はお下劣に一変するのである。

そろそろ生SEXデビューの準備を始めたいと思います。始めましたまきまい。

妊娠する可能性もなく、性病もありません。お相手がいてくれるうちに生SEXしないとしないまま生涯を終える事になります。

でも少なからず私を好きでいてくれる人にお願いしたいと思っている次第。なんかね、私が好きな人というよりは私を好きでいてくれる人としたい欲があります。そしてもちろん病気の心配がないお方。

それって自分が好きって思っている人とするよりハードルが高いという事に気付きました。

お相手の気持ちあり気ですから。え?いるのか?それっていらっしゃるの?

 

性のパートナーである方にこの話をしました。独身である事もポイントでした。私もクズなりにそこは考えました。

ちなみに彼は諸事情により生SEXは何度も経験している人です。もちろん私とする時はそんな要求をしてきた事はありません。

「あの、わたくしそろそろ生SEXをしたいのですが私を好きでしたらお手合わせお願いします」

「10のうち5は好きですが、それはどうでしょうか?ちなみに7は相当好きです。8から結婚を意識する数字になります。そして5だからこそ性のパートナーとして成り立っています。それ以上だとこの関係ではいられなくなるので。気持ちの上では生でしたいですよ。でも無理強いは嫌です。体は好きです。なのでその時が来たらぜひお願いしたいです」

ある意味まともな回答を頂きました。誠実と不誠実さのバランスが絶妙な人間だと感じました。

5ってなんなんだろか、10の5だから平均。

平均=普通。でも7以上の解釈を考えたら5は高い数字な気もする。よく分からなくなったので只今保留中です。

まだしていません。したらここのネタにします。

 

とりあえずコスプレの被写体写真の撮影を依頼して帰宅。あ、ヌーブラが見えてる。

 

 

 

来週は入院の後編を更新します。

 

 

まきまい

 

箸休め、夏を綴る

 

入院のお話の前にちょいと更新。
夏を綴る。今年は昨年より気温が低めでしたね。
でも今のご時世まだわからない。
今年も日常を平和に過ごしました。
 
平和と言えば今年もこの季節がやってきました。
平和公園については2年前に詳しく綴ったので今年は割愛します。
 
 
今年はひとつ驚いた事があります。
昨年までなかった防弾ガラス。この中に子供達が入るとハラハラしてしまいます。
こんな世の中になっちまったなんて。

 

 
現場に行くと分かるのですが、毎年反対デモがうるさいです。かつての私は、この事実を放送で少し映してくんねーかバカヤロー!と思っていました。
でも今は思っていません。
そういうのじゃないの、この放送に限っては。
真っ直ぐに御霊に哀悼の意を捧げる日。
それ以外の事は一旦置いてそれだけを伝える事に集中すべき日だと思うようになりました。 

 

 
ほぅ。長崎には防弾ガラスがないのね。

 
 
 
ここ数年あちこちで政治の街頭演説中に妨害する行為が激化しています。超うるさい。遠く離れた駅の反対側でも聞こえてくる公害レベルの騒音と妨害。金物の音やステレオやスピーカーを使ってノイズ音を終始鳴らしています。隣の人とお話もできません。
支持政党でもなくともただただ迷惑。表現の自由ってなんだろうか。
実際に目の当たりにしてショッキングでした。
日常生活でこんな事があったら警察が動くのに、なぜこの時は動かん。
ああ、なるほど。法律の抜け道や日本の闇の相関図が見えた気がします。
マニフェストに詳しくない政党でしたが、あまりもの妨害に胸が痛くなりました。
一言も何も聞こえないので、配られたチラシをその場でハートに折って渡してタッチしてしまった。いや、なんなんそれ?場の空気に流されてもた。
 
 
 
焼き鳥作って食べたりした夏。この後焼きました。そりゃそう。

 
 
 
 
処分する前に10代の時着ていた浴衣を着ただけの夏。家で。

 

*写真は削除

 
 
 
 
うむ、私も歳を重ねたもんだ。なんかヤンキー風だね。時代的なものかな。顔変わりすぎ。たぶん前載せた気がする。18歳ぐらい。
 

*写真は削除

 
 
 
写真が良くないな。とあるエロ屋関係者さんと季節限定アフタヌーンティーを頂きました。私のエロ屋歴でちゃんと感情を出したり揉めたりもできているって珍しい。権力を恐れずこうしたお付き合いができることは有り難い事です。15歳も年下の方ですが責任者という立場なので、こちらが勘違いして偉そうにするのは違うと思うの。調子に乗らないようにしておこう。

 

 
 
父の遺産。我々は山を持ってしまった。どうすればいいん?相続税とか固定資産税とか怖いよ。どう扱えば良いのか分からないから市に渡したい。 

 

*写真は削除

 
 
ぱんつくったよ。
パンツ食ったよだと思ったかい?
パン作ったよ、でした。

 

*写真は削除

 
 
 
 

ご婦人のスクール水着。見たい猛者だけ見ていけコノヤロー!

 

*写真は削除

 
 
 
 
ではまた次回!
 

 

まきまい

入院シリーズ⭐︎始まり編

 
何度か書いていますが、私がブログに書く内容は時系列バラバラ、もしくはけっこう過去の話です。内容によっては数年ぐらいズレがあります。
今回は入院シリーズの入院の始まり編と同室の患者さんの話を書きます。数年前に書いた入院ネタとはまた違う機会のお話しです。
 
 
前回は自分を鼓舞する為に卍を書いてしまい、退院までひたすら恥をかく事になった。今回はこんな中二病なことはしないと誓う。

 
 
 
 
 
今回入院する病院は病床約1000という大病院であり、私は少しワクワクしていた。
本来楽しいものではないから、無理にでも楽しみを見つけるのはとても大切である。
 
病院によっては一切撮影禁止の場合もあるので、事前に確認。処方されている薬や点滴の写真も撮影禁止の病院もある。大人の事情らしい。
もちろん私も状況を考えながら撮影しましたのでご心配なく。
こういう内容はもし私がバズってしまったら(そんな心配ないが)今後書けなくなるであろう。
とりあえずデジタルタトゥー刻んでおくわ。
 
 
 
初日、まずはこちらを貰う。
ハイテクである。通話スペースや病棟に入る際はこちらのバーコードをかざさないと入れない仕組みになっている。

 

ちなみに面会遮断であったが、お見舞い人もこちらを貰いかざす。これで変なYouTuberに「知らない人の見舞いに行くドッキリ」をやられる心配もない。安心である。
何年か前に本当にあったから許せんよな。

 
 
今回はなんとお部屋のランクが上がりました。
とは言え私の希望ではなく病院の都合によりです。豆知識、病院の都合で部屋代に差額が発生する場合は支払わなくて良いのです。確か厚生省のホームページにも書いてある。
知らないと請求される場合もあるのかな。知っておいて損はないと思うぞ。
 
 
 
こちらは前回。確かテレビカードで冷蔵庫が使える仕様だったかな。

 
 
 
んで今回。写真だと伝わりにくいがちと広い。お隣さんとの区切りがカーテンではなく棚になっている。テレビ、冷蔵庫が無料。今の病院って個人冷蔵庫があって有難い。昔は共同で名前を書いていたよね。

 
そしてなんと立派なトイレ付き!ありがてぇ〜!

 
これ見ると呼吸器や皮膚からも薬剤成分が吸収される事が分かります。 

 
 
 
 
 
ウェルカムセットである。
今回のお部屋はレンタル付きであった。これは有難い。業者さんが来る前にサイズチェックをしておこう。

 
 
 
でも靴は借りませんでした。店舗型風俗ではいつも履いていました、毎度お馴染み上靴です。浮腫んでパンパン。

 
 
 
 
そして今回とても有り難かったのは無料Wi-Fiがあること。これは嬉しい!!
*写真は削除

*私とした事が身バレしそうな写真を載せてしまった。教えてくれた読者様ありがとう!

既に色々存じている方で助かりました。

 
 
そして向かったのは前もって献立のチェック。
でも、だいたい何日後辺りから自分がどうなるかの想像はついている。なので「ああ、この頃は食べれなくなっているのかな」と少し切なくなる。手術の日、肉豆腐なのかよ!ちくしょう!

 
 
前回入院した時はコロナ真っ盛りで、私語厳禁、病室前の廊下以外の移動は禁止だった。売店に用事がある時は准看護師さんに買い物をお願いするなど制限があった。
今回もそれなりに制限があったが、かなり緩和されそれも有難いところであった。
なので、調子に乗って元気なうちに動きたい。
 
 
 
 
 
憩いの場。お話仲間ができるといいな、、とかなんだかんだ言っても思ってしまう。

 
 
 
 
全てが広い!!キレイ!

 
 
 
ひろっ!!

 
 
 
 
ながっっ!!

 
 
 
 
いや〜さすが大病院。広いね。すごいよ。そろそろ戻ろうかね。
 
 
 
 
 
………………。
 
 
 
 
………ここではない。

 
 
………………。
 

 
 
 
え?教授選考会が行われる場所でしょうか。

 
 
 
 
 
 
 
困りました。迷子になりました。
 
 
 
 
 
スタッフステーションで泣きつくことにしました。
「看護師さん…すんまへん…うろちょろし過ぎて迷子になりました。浅井真紀です。病室どこでしょうか?すまんへん」
 
看護師さん、お忙しいところありがとうございます。親切に教えて頂きました。
無事ペンギンと同室に到着です。
病室って4とか9ってないとかなんとかって言われてませんでしたっけ?

 
 
 
これは前回の写真ですが、あの時も迷子になり車椅子で徘徊している所を無事保護されました。鎮静剤で二度と徘徊できなくなるようにされている様子です。記録の為、看護師さん撮影。

 
 
 
 
私はとても方向音痴です。
 
 
 
 
 
 
なんとか帰れたので続きはまた。
次回は本編、同室の患者さんのお話です。
ペンギンの話ではないです。
久々に真面目なやつ書くよ。
前になんかで載せたやつと重複してるけどすまん。ひとつ冗談があるから信じたらダメですよ。
 
 
 
 
まきまい

聞き屋さんに話し掛けたけど方向転換した⭐︎後編

聞き屋さんの答えはこうだった。
日本人はエスパーかと思うぐらい察する能力が高過ぎる。でもそれが故に察してもらう事にも慣れ過ぎてディスカッションが下手だ。能力に頼り伝えようとしない。
建前と本音も分からないし、嘘つきとすら思う事もある。匿名での人格もあまりにも違う。
だから話していて何もかも疑わしく分からなくなってしまう事がある。
 
……ほほぅ、ヒジョーに痛い所を突かれた。私はこの考えに心底納得をした。
昨今この察してちゃんや、匿名でないと意見が言えない人は急増したと思う。本来は日本人独特の長所であったはずが、悪い方向に作用してしまいとても悲しい。
そもそも日本のことわざは言わない方が良いを意味するものが多い。
「泣かぬ蛍が身を焦がす」「雉も鳴かずば撃たれまい」「言わぬは言うに優る」「言わぬが仏」「口は災いの元」「雄す弁は銀、沈黙は金」これはちょいと違うか。
思いついただけでもこんなにある。そして逆を意味することわざは思いつかない。
こういった文化が察する能力や奥ゆかしさを伸ばし続けてきた反面、コミュニケーション能力の成長の妨げになったのかもしれない。と私は聞き屋さんに答えた。聞き屋さんは真剣な表情で深く頷いてくれた。
 
うむ。例えば私は「相手への配慮で質問ができない。会話ができない」「嫌われたくない」というのは、それ全て本当か?と思っているフシがある。
ならば「むしろ我は色々聞かれたい構ってちゃんです、何を聞いても絶対大丈夫ルールです。なので色々質問して下さい」と言う相手になら質問できるのであろうか。たぶん違う、それでもできない人はできない。しない。
だとすれば理由は他にありそうだ。
日本人の奥ゆかしさ、配慮、察知能力、本当にそれが原因なのか?否。
できない、やりたくないから一層のことその能力が高い方に会話の展開を任せてしまおうという人も多いのではないだろうか。自分の話は広げて欲しいけど、相手の話は広げられない、またはそれができない。したくない。でも反論だけはする。たぶんどこの世界にもそういう人はいるであろう。特にSNSの世界には溢れかえっている。
 
もちろん何でもかんでも聞いて話す事が正しいなんて全く思わない。
察する能力というのは無言の中で使うだけではなく、発する言葉の中でも発揮するものでもあるという事が言いたいのである。
もちろん時には沈黙力というのもとても必要で、ただ気持ちにひたすら寄り添い言葉を使わない配慮も同じぐらい大切だ。
そう、どちらも同じだけ大切なのだという事は強調しておく。
そんな対話の比重がとれた関係は、もはや奇跡なのかもしれない。
 
もちろんこの能力や関係を築くのは、付け焼き刃ではどうにもならないのは承知だ。
人と話す事は相手を傷付けるかもしれないし、自分も傷付けられるかもしれないという恐怖心がついて回る。
私もコミュニケーションを取る上でたくさん人を傷付けてきたと思うし、たくさん失敗もした。たくさん失礼があったに違いない。能力がないせいで自分自身も傷付いた。特に若い頃は権力のある男性の前ではたくさん酷い目にあった。
だから主張や譲歩、相手の気持ちを知り思考する事は大人になる前にやるべき事だと肝に銘じ、自分なりに試行錯誤をした。
大した売りもない容姿も持たない自分。人としての魅力なんてない。だから教養という抽象的でしかなかった概念を具体化して「コミュニケーション」というものに全て昇華させて、自分を商品化すると腹を括った。大袈裟かもしれないけど、本当に。できているかどうかはこの際置いておく。
ちなみに「教養」とは単に座学とか学歴とか、ましてや偏差値とかそんな事ではない。
では辞書を引いてみよう。人間の精神を豊かにし高等円満な人格を養い、育てていく努力、及びその成果。人間としての総合的な精神的能力である(日本大百科全書より)おお、それやねん。
 
 
実際のところ、これは小さいコミュニティの中での困り事では済まされなくなってきたのだ。
もはや国際問題なのである。日本は黙っているのを良い事にナメられているのだ。日本人の良き能力が良いように世界から利用されている。
このままでは日本が崩壊してしまう。 
本当はもっと色々ここに書きたいし、聞き屋さんの意見も聞きたかったのだが、関係性の問題で控えざるを得ない。
 
「黙っていたら悪が勝つのは当たり前の世ですからね。このままでは日本人は日本人でなくなってしまうかもしれませんね」と伝えるのが精一杯だった。でも多くは語れない関係も心地よい。
最後に聞き屋さんと自分達に必要な事について話しをした。
 
 
とりあえず軍鶏小屋で鍛えたフィジカルを披露してくるわ。うちの父は軍鶏を育てていました。たぶん違法だったんじゃないかと思う。闘争心半端ないです。あいつらマジで怖いから。

 
 
私達にできる事は何だろうか。
まずは他人に興味関心をもって対話をすること。分かり合えなくても当たり前。否定しない傷付けない。質問する側もされる側も、その答えがどのようなものであっても最後まで責任を持つ。
意見交換って身構えてゴングを鳴らして始めるものではないし。もっと気楽に踏み込んだって良いんじゃないの。
ベクトルを自分ではなくまずはお相手に向ける、そんな一言から始めるだけでも、きっと世の中は変わると思っている。
ちょっとした会話の中にある小さな成功体験が、きっとお互いを幸せにできる能力に繋がると私は信じている。
人は自分に興味を持ってくれた人間、話を聞いてくれた人間に好意を持つようにできている。
だから、これができたらもっと愛し合えるはずなのだ。共感と受容、この能力は人間だからこその強みになると私は思っている。
 
 
東北に田植えしに行って、擬人化ネコ様の展示会に寄りました。

 

*写真は削除

 
 
 
 
私は寒さとトイレで用を足したい限界に達したので、聞き屋さんに御礼を言って駅構内へ向かう事にした。
 
こちらに私がまとめて書いたあれこれ。無宗教とはなんとも自由に意見を述べられるものだと改めて実感した。
私が圧力を恐れず好き勝手に書けることはなんとも幸せなことだ。この自由を守る為に「表現の自由」の意味を間違えてはいけないと常々思う。
かといってこの世に宗教がなかったらどうだったのだろう?
もしかしたら起きない争い事もあるかもしれない。でも経済はどう動いていたのだろう。人類の救済論はどこにあったのだろう。
この日はクリスマスであった。クリスマスの装飾を見ながら、宗教がなければ存在しなかった文化や行事があるとしみじみ思い知った。まさにクリスマスはそうよね。
世界中で愛される人類の共通財産が宗教の中にはたくさん存在している。植物や自然の中には死を迎えなければ始まらない世界がある。
宗教は私達の身近にとても自然な形で存在している。
 
 
私は自分が培ったコミュニケーション能力をぶん回していこうと思う。別に上手なわけではない。でも私にはこれしかないもの。ならばいっそのこと価値化する人生も良いだろう。
クリスマスに頂くチキンとおはぎの組み合わせも悪くない、そう思いながら明石家サンタの放送に備えたのであった。
 
 
 
 
まきまい
 
 
 
 
翌年、明石家サンタは放送中止になりました。
 
 
 
次回は入院中に同室だった患者さんのお話です。別に仲良くなったとかではないんだけど、印象に残ったので。

後編も書いてるんだぜ

 

私を存じている方も存じていない方もご訪問ありがとうございます。

最近は私の実態を存じていない、ブログだけの繋がりの読者様も訪問して下さる事が増え、びっくりしています。

猛者、ありがとうございます。

とりあえず美人ではありません。若くもないです。あとはそのまんまです。

彼氏いるともいないとも、既婚だとも未婚だとも一言も書いていないのですが、勝手に独り身認定される属性です。

 

 

夏なのかな?夏きたのよね。

エアコンは極力使わないタチですが、昭和根性で人様に迷惑を掛けたらいかんので、今期は上手に付き合っていきたいと思います。まだ出番ないけど。

 

血管が脆くなり血液バランスも悪くアザができやすいのですが、これでひとつ思い出した事があります。ちなみにこれ変態にフィストファックをしたらなりました。けっこう狭いオケツだったもので。

 

親しくしてくれている人が(歯並びキレイ)手の甲にアザがあるという話になって、どうやらそれは国内に何人かいて、正体は地球防衛軍だったかな。

それぞれは仲間を知らないのですが、ある日近くまで来て揃うとフォーメーション(たぶん五芒星なんじゃないかと思うよ)が出来上がり、完成するとかなんとか。

私どうやらその1人だったようです。ピンク担当。色んな意味でピンク担当。

きぇえええいい!!

 

お会いしてとりあえず直線一本繋がるか試しませんか?と思います。

 

 

 

私はずっと漆黒のショートカットかボブだったのですが、その頃をご存知の方からしたらまあまあロン毛になりました。私にしては。江口洋介ぐらいかしら。

 

 

土用の日、まもなく。鰻は精力付くらしいですね。梅干しと食べ合わせ良くないって本当かな。

とりあえず精力って言ってもちんぽこに即効性はないよね。性のパートナーで実証済みです。

 

大好きなブロガーさんが、精子の色が正常ではなかったとのことで心配。

 

最後に私の生理周期言っとこか。これ便利なんよ。色々記入すると教えてくれます。

 

ゴムなし生SEX解禁も近いお年頃。お初を経験したらこのブログのネタにします。

 

 

 

次回は聞き屋さん後編でお会いしましょ〜♪

 

 

まきまい

 

 

誤って自分の記事にスターマーク付けてしまう時がある。恥ずかしいからなんとかならんのかと思う。