☆エロ屋さんの戯言☆

長年エロ屋に関わっている自分の日常のあれこれや戯言を綴っています☆

続き⭐︎3

鈴木さんは奥の部屋からひょっこり現れると「私に会ったことありますかねぇ」とユルユルした雰囲気で迎えてくれた。
「坂口さんもよくここに来てくれたんですよ」
鈴木さんは私と同じ年齢ぐらいのスラッとしたワイルドセクシーな人で、人との関わりを練り磨き上げた人いう感じがした。
「メールの文章のあの文字。あの漢字を使う人は坂口さんの店に入った事ある人だなと思いました。だから早くちゃんと返事しなきゃって」
なんとまぁ…何の気無しに短いメールに入れた文字が信頼を証明するとは思わなかった。
「今日は職場を離れられなくてお墓に案内できないのが申し訳ないのだけど…」とメモ用紙に地図を書きながら、穏やかな雰囲気で話し始めてくれた。
いやいや!自分で行きますってば!なんたるお気遣いなのだ。

雑談を交えながら1時間ぐらい坂口さんの話をした。
鈴木さんはたまたま通りがかった坂口さんの店に立ち寄った勇者であった。
その時の坂口さんの一声めは「俺に会ったことあるか?」だったとのこと。私ならすぐに引き戸ガラガラガラだ。
不思議なもので今日の鈴木さんの一声めと同じ言葉だ。もちろん問う意味は全く違うけれども。
何やら私泣くのではないかとハラハラしていたがそんな事はなく、取り巻く雰囲気の温かさに心の持って行きようがどんどん修正されていく感覚がした。鈴木さんはとても不思議な人だった。
「猫に会えないから入院も治療もしないって坂口さんらしいよね」迷わず「はい」と答えた。
でも2人とも本当の事はそれ以外にあると知っていて、それについてお互いが同調するように返事をした。
坂口さんを私よりずっと愛して理解している人がここにいた。きっともっとたくさんの場所にいる。坂口さんも鈴木さんが大好きだろうな、亡くなったからといって過去形では書かないのだ。
鈴木さんは眼鏡を外して「いやぁ坂口さん…浅井さんがお墓に来るなんて…喜ぶだろうなぁ」と言ってくれた。その表情を見て有り難くて涙が出そうになってしまった。


帰り際に「浅井さん!」と呼び止められた。
鈴木さんは「あの…これ忘れ物かな」と言って、手土産に渡した菓子折りの袋の中から手袋を取り出してくれた。なんてこったい!不覚!!しかもお渡し用の紙袋も入れたままやんけ!不覚!!
鈴木さんは電話で話した時から別れ際まで、終始バタバタしていた私を丁寧に見送ってくれた。
「坂口さんがくれたご縁ですね。良かったら今度ぜひ一緒に飲みましょう」と笑顔で言ってくれ、連絡先を交換した。そう言えば職場の連絡先しか知らなかったんだった。
鈴木さんありがとう。鈴木さんのおかげで自分がどうなりたかったか、何がしたかったのかがはっきり分かった。そしてその大半は解決されたように思える。



いやこの地は車がないと生活ができんとはよく聞くがマジやんけ。
お墓までの道のり、茨城の交通の厳しさに私が県知事だったらどんな政策を立てようか妄想した。高齢者の車の事故が問題になっているが、乗らざるを得ない人がいる問題をまずは解決せねばならん。バス、タクシーの交通機関券を配ろう、そうしよう。
ちなみに「バスタクシー」と言いまくった後に他人に「僕タケシ」と言ってもらい、その後もう一度「バスタクシー」と言うのは非常に難しい。ぜひお試しあれ。そんな事を考えていたら教えてもらったお寺に着いた。

鈴木さんは坂口さんが突然に「いつ死ぬか分からないから好きなもの食べとけよ」と珍しく言った言葉が気に掛かっていたらしい。
年中無休だった坂口さんから「少しだけ店を休みにします」と連絡が来た時は、やっと休んでくれたと安心したと言っていた。しかしそれが最後の連絡になってしまうとは思ってもいなかった。
何が起きたのか分からない鈴木さんは「坂口」という苗字と地元の地名を頼りに片っ端から家を訪ねることにした。運良く一軒目に坂口さんの唯一の親族の妹さんに会えたという。
そこで亡くなった事実を知り、お墓の場所を聞き「私の許可はいらないのでいつでもお墓参りに来て下さい」と言って頂いたことを教えてくれた。

坂口さんは病死だったが病名は誰一人知らない。
病気だった事を知っているのも鈴木さんだけで、それも搬送された病院の先生に緊急のサインを求められたからだという。先生と鈴木さんは入院を勧めたがもちろん拒否。内臓から血が溢れて自宅で亡くなるまで、誰も何も知らないままだった。
命日はやはり思い当たる日に近い日だった。
坂口さんは古いクシでいつもリーゼントを整えていた。「妹から貰ったんだよ」と嬉しそうに言うのを聞いて妹さんとは関係が良好なんだなと、謎が多い坂口さんだけに安心していた。
その妹さん夫妻がすぐに亡くなった坂口さんを見つけ対応してくれたのは、誰にとっても有難いことだったと思う。


鈴木さんに会い、私が知らない坂口さんを少し知る事ができた。坂口さんについてのエピソードは、やはり大半がお茶目でかわいい。そして謎も多い。
坂口さんはお客さんのお祝い事には箱いっぱいのケーキを必ず買うというのは想像通りだったけど、お店のスタンプカードを集めるとオリジナルTシャツを貰えることにはびっくりした。
なんだよそれ、めっちゃ欲しいじゃんよ。なぜ私にはスタンプカードの存在をを教えてくれなかったんだ。しかも枚数によってTシャツの色が変わるらしい。ピンクが欲しい、何枚だ?
深夜になるとどこからともなくスナックのママや同業者や競馬好きのお客さんでがやって来て、お店は満席だったという。照れ屋だからそんな事は言ってなかったな。
そしてやはり鈴木さんと2人きりの時はお店の前にいる謎の人物に断りを入れる。時に勝手にしばらく居なくなり「猫に餌をやりに帰って戻ってきた」と言いながらシレッと戻って来る。

鈴木さんは凄い。ケーキの箱に書いてあるお店を思い出し、Tシャツを作ってくれていたお店や坂口さんを知る人の所へ向かい病気で亡くなった事を知らせていた。
みんな最近来てくれないから寂しかったとか心配だったと言って悲しんでいたという。
鈴木さんは自分なりに出来ることがこれしかないと転々としたと言っていた。
妹さんすら坂口さんの仕事や行動範囲を知らなかったから、鈴木さんがいなければ亡くなった事を知らない人ばかりだったかもしれない。
私も鈴木さんに救われた1人だ。鈴木さん本当にありがとう。
坂口さんの店内は常連さん達で片付け、店内にあった暖簾は近くで飲食店をやっている知人が受け継いだ。
同じ場所でお店を継ぎたいと言う人もいたが、やはりあの夜の世界。それなりにいろんな事情があり坂口さんでなければ商売の許可は出せないと言われ、諦めたとのこと。



お寺に着いたものの話通りお墓の場所が分かりにくくて迷ってしまった。結果全然違う山を彷徨ってしまった。山の恵みに癒されたが、しかし私は植物鑑賞に来たのではない。
住職に聞いてみようと思い本堂のインターホンを押すと、作務衣を来た住職が出できてくれた。
坂口さんのフルネームと亡くなった日を伝えお墓の場所を尋ねてみた。「へ?坂口さん?へ?あぁ…あの人ね。あの人は訳あってお墓ではなくて…えーと…んと…あっち」住職は知恵の輪みたいな形で謎の方角を指差した。
こら住職!しっかりしろ!指クネクネさせるな!住職はヘラヘラしていて全く当てにならなかった。奥歯ガタガタ言わせたろか。
でも私は偉い子なのでお礼を言って自力で探すことにした。もし見つからなかったら申し訳ないが鈴木さんに電話して頼るとしよう。


※知恵の輪

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坂口さんという苗字はこの土地では多いらしくほとんどが「坂口」さんのお墓であった。がしかしその中にある盛り土を発見した。
間違いない!と思い思わず立っている木の板の塔婆に突進。危うく塔婆を張っ倒しそうになるというなんとも罰当たりな再会を遂げてしまった。
おいおい!なんでただの盛り土なんだよ、坂口さんは本当に坂口さんらしい人生だ。塔婆がなかったらただの土かと思うわ!
それでもすぐに分かったのは、どのお墓よりも線香やお花や御供物で目立ち過ぎていたからだ。




まきまい






次回はお墓参りで思ったこと、坂口さんによって考え方が変わったこと。